【デメリットしかない】新卒で大企業に入社して4ヶ月、地方勤務で仕事辞めたい新人営業マンへ

皆さんはじめまして、ごしぷろと申します。

私は大企業のネームバリューに惹かれて地方勤務の犠牲者となった哀れな新卒社会人です。

周りの友人からは「え、リクルート?すげえじゃん!」とかなんとか言われますが、正直めちゃくちゃ辞めたいです。

この記事は、同世代で私のような大企業病に囚われ地方に飛ばされた哀れな子羊に向けて書いています。

ぜひ、少しでも共感して頂けたら嬉しいです。

また、もし就活生が読んでいるなら、自分と同じようになってほしくないのでこの記事を書くことにしました。

まずは私のこれまでのストーリーを綴ります。

大学3年の春、本格的に就活が始まる

「やりたいことないけどエリートになりてえ、30歳で年収1000万越えてえー」

薄っぺらい私はそんなことを考えていた。

「やっぱ高年収エリートになるなら外資コンサルとか金融でしょ!手当たり次第そこらをリクナビやらマイナビで探してみるか!」

自己分析もせず、外面を気にしてた私はそんな安直な考えで就活を始めたのであった。

アビームコンサルティング、アクセンチュア、三井不動産、大和証券、三菱モルガンスタンレー証券など、合コンで女子に「すごーい!ライン教えて!」と言われそうなエリート企業に片っ端からエントリーした。

(実際ここらの企業に入ったところで圧倒的にモテるなんて幻想だが)

やりたいこともなく、ただなんとなくカッコいい企業を目指したことが、今の後悔に繋がるとは、この時考えもしなかった…。

エントリー通過率ほぼ100%、有頂天になる俺

有名私立大学に在籍していたからか、難関企業のエントリーや会社説明会のパスはほとんど通過することができ、完全に天狗になっていた。

一応、ESの書き方やwebテストの対策など、一通りこなしていたのもあって通過できたのだろう。

友人にも「俺、来週アクセンチュアの一次なんだよね笑」

などと、内定も貰っていない企業の自慢ばかりしていた。

俺はどんな企業でも働ける優秀な人間なんだと錯覚していた。


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秀和システム

二次でコンサルは全落ち、金融もやりたくないことだと気づく

一次はほとんど通過できたものの、やりたいこともなく自分の軸がブレブレな私が面接官に見抜かれないはずもなく、ほとんどの企業は途中で落とされてしまった。

「メールきた、ここもダメか・・・」

内容を読むまでもなく、メールの題名でお察しだ。

最初は落ち込んでいたが、途中からはあまりに落ちすぎて、もはや楽観的になっていた。

唯一残ったのが、リクルートと証券、ベンチャーのITコンサル企業であった。

ベンチャー以外は選考途中で地方勤務であることを遠回しに伝えられていた。

金融は途中でやりたくないことに気づき辞退する。

残るはweb広告最大手とベンチャーコンサルだ。

ここで、東京勤務かつハイキャリアな職場に就くほど、自分は優秀ではないし就活力も高くないことに気づく。

それでも大企業のネームバリューは諦めたくなかったため、リクルートに入社を決めた。

本当は東京のベンチャーに就いた方が幸せだったのだろう。

しかし、大企業という箔の付いたキャリアと見栄、将来的に約束された高年収を捨てきれず、自分を押し殺して大企業の転勤片道切符をつかんだのである。

彼女と別れ中国地方に配属、友人は一人もいない

選考途中で全国転勤のことは伝えられていた。

しかし、世間的に就活勝者であるリクルートからの内定を断ってベンチャー企業に行く勇気がなかった。

内心、東京勤務の可能性も捨てきれてなかったので、中国地方に配属が決まったときは絶望した。

しかし、当時の私はキャリアや経験の為なら田舎でも頑張れる!と思い契約書にサインし、リクルートへの内定を受託したのである。

そして、当時好きだった東京の彼女に別れを告げ、やるせない気持ちで引っ越しの準備をする。

1人暮らししてた東京のアパート

引っ越し業者が荷物を全て運搬し、もぬけの殻となった家。

「大学4年間、いろんなことあったなあ」

3年半付き合った彼女との色々な思い出や大学生活がブワーっと脳内に溢れた。

「これから中国地方で働くんだもんな…。成果あげて必ず東京にかえってきてやる!」

そう決心し、4月から中国地方のド田舎で生活することとなった。

ド田舎タウンに引っ越した私、初めは転勤ライフを楽しむ

引っ越したての頃は自分が住む街を探索したり、近くの温泉に行ったりと結構エンジョイしていました笑

「案外、田舎生活も悪くないかもなあ、飯もうまいし」

この頃は孤独を感じる時期でもなく、新鮮な新生活を楽しんでいた。

コロナの影響で入社式が中止、4月1日からいきなり出社する

コロナの影響で入社式や入社前研修など、違う地域の同期と仲良くなるイベントが中止となり、私たちはいきなり出社となった。

私の支社はほとんどが中途社員で構成されており、支社に新卒社員はほとんどいない。

同じ部署に配属された新卒同期は私含めて2人だけだった。

地方なので友人はおらず、新卒同期もいない職場。

3密厳禁なので、新入社員への歓迎会もなく、先輩社員からとりあえず挨拶されて動画研修を始めることとなった。

最初の1ヵ月はとにかく自宅で動画研修

本来であれば会社で動画視聴をするはずだったが、コロナの影響で全社員が在宅勤務となった。

リクルートはとにかく研修が手厚く、初めの一ヵ月はひたすらに動画視聴であった。

「楽だけど暇だなあ、一生こんな感じなのかなあ」

新社会人になりたての私は仕事に対する具体的なイメージなど湧かず、とにかく会社の信念や規定などの退屈な内容を学んでいた。

ゴールデンウィーク終わりまでは半分ニートな社会人生活が続き、特に辛くも幸せでもなかった。

シビアな営業研修、一日3時間に渡るテレアポが始まる

暇だったのは初めの1ヵ月だけ。

すぐにロープレと呼ばれる過酷な営業訓練が始まった。

ロープレとは、先輩がクライアントのふりをして、営業マンとしての練習を行う新人研修のことである。

リモートワークなので、パソコンのビデオ電話で行うのだが、これがめちゃくちゃ気を遣うししんどい。

ロープレで使う資料を自分で用意するのはもちろん、仕事で分からないことは随時LINEで聞かなければならない。

当然入社したてで分からないことだらけなので、そのたびにLINEで先輩や上司に聞かなければならない。

直接聞くのと違って、仕事を聞くにも文面を考えるのに精神を消耗するし、一度聞いたことで分からないことが出てくると全体LINEのグループで詰められる。

加えて、先輩にロープレのチェックを申請する際も、いちいち先輩のスケジュールをチェックして文面を考えて申請をしなければならない。

とにかくリモートワークは先輩とコミュニケーションをとるのが大変だし、作業に時間がかかる。

加えて、テレアポのノルマも毎日課される。

何千件とある顧客リストを渡され、一軒一軒に電話営業を仕掛けるのだ。

他にも研修検定の対策や社内の会議にも出席しなければならないので、毎日10分単位で自分の業務をスケジュリングしないと仕事が終わらない日々が続いた。

昼食はバランスパワーで済ますことも多々ある。

死ぬほど忙しい日々、しかし営業スキルはみるみる上がっていく


ANAやJALなどに就職した同期の入社が6月に変更になったりしている最中、

私は5月から過酷な営業マン生活を送っていた。

流石はリクルート、めちゃくちゃ辛い毎日が続いたが、仕事のスキルや営業力は上がっていった。

さながら悟空の重力室訓練。

孤独で楽しくはなかったが、最初の3カ月は成長を大いに実感できた。

しかしスキルの向上とは裏腹に、受注はできなかったので、毎週の会議では先輩に詰められた。

リクルートの伝統文化、ヨミ会だ。

毎週の営業KPIを報告する会議、通称ヨミ会

リクルートの伝統文化、私が心の中で「詰め会」と呼んでいるこの行事は毎週月曜に行われる。

ちなみにKPIとは営業の目標数字のことだ。

例えば、テレアポを今週は200件、商談は10件こなすであるとか。

ただKPIを宣言するだけなら簡単なのだが、毎日どのような計画でその目標数字を達成するか先輩に詰められるのだ。

少しでも見込みや考えが甘いと

「それで達成できると思ってるの?給料泥棒になっちゃうよ」

などと言われてしまうのである。

加えて、先週に宣言したKPIを達成できなかった場合も詰められるので、中々に精神を削られる文化である。

ただでさえコロナの影響で受注するのが困難であるのに、私はエリアの中でも特に田舎の顧客リストを担当させられていた。

先人の先輩方が何年にも渡ってアタックしたにも関わらず、受注できなかった曲者そろいの顧客リストである。

テレアポしたらキレられたり、社名を名乗った途端ガチャ切りは当たり前。

中には「次電話かけてきたら業務妨害で警察に通報しますよ」とまで言ってくる人もいた。

営業でも厄介者にされ、社内でも詰められ、仕事は覚えることが多くミスは起こすし、休日に会える友人や同期もいない。

正直、そんな孤独でキツイ日々が続いている。

入社して4か月が経過した、仕事やめたい

そんな辛い日々だが、顧客からアポを取れることが増えてきた。

しかし、電車で30分、駅から歩いて20分かけて訪問するなんてことはザラにある。

往復だと100分だ。

営業なので、真夏でもジャケット、コロナ対策でマスクをつけて汗だくで訪問する。

しかし、名刺を渡して終わりや商談まで行けずに終了、そんなことがほとんどだ。

東京で活躍して金稼いで起業やら活躍してやろうと思ってたのに、こんな山ばかりのド田舎でなにやってんだろ、俺、、、。

最近、毎日そんなことばかり考えている。

若い時間をこんなところで消耗していいのか、後悔しないか、本当にやりたいことはこの仕事なのか、東京に戻りたいんじゃないのか?

戻りたい

東京に戻ってベンチャー企業で営業したい

人脈を作りつつ仕事で成果出して、起業したい。

社長になって己で金を稼ぎたい。

今はそんな気持ちでいっぱいだ。

だから決めた。

1年間は我慢してやる。

1年間はこのド田舎で先輩に詰められながら営業スキルを磨いて、パワーアップして転職して東京に戻ってやる。

そう誓った。

なのでこのブログでは、これから私の社会人生活で役立ったことや学んだこと、経験したことを書いていこうと思います。

ここまで読んでいただきありがとうございました!


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